みさわたけひこの写真日記
by misawa-world
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やりたいことが、やならければいけないことを追い越してゆく
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自分の写真を褒められることもあれば、
鼻で笑われる時もある。

多少むかつくけど、いちいち気にしていてもしょうがない。

売れる売れない
ウケるウケない
儲かる儲からない
そんなことどうでもいい。

写真することは思想だと思う。
自分の中に迷いがなければそれで良いのだと思う。
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by misawa-world | 2010-11-27 01:05
想い出づくり
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この頃ロケーションフォトに力を入れている。

撮影までの二人とのやりとりや、当日の撮影をしながら、これは二人の想い出を作ってあげてる仕事だなあと思う。撮影の最期はボクとの記念写真で終わったりするから、ボク自身も二人の想い出になってるわけだ。
(下記事の長老のコメントに通じる部分があるのではないかと思う)

何もしなければ何も残らないけど、行動を起こせばそれが想い出になる。

・・・中略

結婚式をあげるという意味もおなじ事なのではないかと思えてきた。
(ここに長老がつっこまないことを祈りたい)




話がまとまらないから切り上げよう

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by misawa-world | 2010-11-16 17:02
心と形と価値
サイトに結婚式の歴史というコラムを書いたらコメントをもらいました。
「結婚式というのはその本質も見失いやすくて、本質を見失わせることが結婚「式」の本質かも・・・」

ホントだ、
冠婚葬祭ごとというのは、結婚式に限らず、お葬式や成人式も、こうしなければならないという形式が先行してそこに疑問を持ちつつも流されていってしまう部分があるのだろうな。
その本質を抜きにして(本質があってもなくても)形式としておこなう行事のことを「冠婚葬祭」と呼ぶことになったのだろう、と思えてきた。
ウチの町内は冠婚葬祭事のひとつの祭が盛んなのだけど、端から見たらよくわからない協力依頼や回りくどい形式も「お祭りだから」のひとことで片付いてしまい、それに疑問符を投げることもなく、心意気だけでやってしまう部分もある。でも全然嫌じゃない、楽しいから。ボクにとってお祭りの本質は楽しむことだから。


結婚式の歴史を調べていて、その形式は誰がはじめたかというと、ある日ある時ある人が思いつきに近い形でやってみたことが、他の人を賛同を受けてそのまま形式化するということを感じた。
たとえばこういう事だ。

「ある男が恋する女性に野の花を摘んで、結婚を申し込んだ。
女性はイエスの返事の代わりに、花を一輪の男の胸に飾った。」

結婚式関係者なら何度も見てきたブーケ・ブートニアの儀式なんだけど、
話だけでも胸がキュンとしてしまうけど
一番最初に花を贈った男は、どれだけ真剣に、どれだけ女性のことを思い、どれだけ緊張して花をあげたことだろう・・・それを思うと、ぼくは男として切なさにもだえ苦しんでしまう。

やがて、その話を聞いた第二の男が恋人のために同じように野の花を摘む・・・こうして形式が出来てゆくのだろう。
そしていつしか形式だけになって、そのうち本質は隅っこに追いやられてしまう。
ブーケ・ブートニアの儀式のお花の注文を花嫁さんがおこなうことに疑問を持たなくなる。

結婚式限らず、冠婚葬祭の形式って同じようにしてはじまったことだろう。
なんの意味があるのかと思える形式も、それを紐解いてゆくと、最初の根源は人を思うやさしい心だったりする。
ぼくは、形式を否定してはいけないと言いたいわけではないし、形式をすべて崩してしまえと思ってるわけでもない。
形式に価値を求めるのか、形式の先の心に価値を求めるのか、ということが言いたい。

キャンドルサービスは誰がはじめたんだろう? どんな気持ちではじめたのだろう?
誰が最初にご両親に手紙を書いたのだろう? どんな気持ちではじめたのだろう?
二次会のビンゴは誰がはじめたんだろう? どんな気持ちではじめたのだろう?
そもそも、結婚式って誰がはじめたんだろう・・・?
・・・
・・・
・・・
そう思うと自分たちの結婚式が形式が、新しい形式のはじまりでも良いのではないかと思うのでした。

話が飛躍しすぎてごめんなさい。
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by misawa-world | 2010-11-07 21:24
遠方からの撮影依頼
時々、遠方から、結婚式の撮影依頼が入ったりします。
撮影依頼はうれしいのですが、このごろはこんな返事をしています。

「遠方からの依頼は、自分の写真が評価されている気がしてとてもうれしいことです。
同時に、自分の地元での活動は、結婚式の写真からその後ずっと家族写真を撮り続けたりして
結婚式の写真屋さんを選ぶということは、その後の家族の写真屋さんを選ぶことなのではないか
そう思いながら可能な限り実践しています。
遠方だとどうしてもそのあたりが疎遠になってしまうことを非常に残念に感じています。

仕事としては是非とも撮ってみたい、○○にも行ってみたいのですが、
お二人の結婚式、その後の家族の暮らし、
それを長い目でみていただけるカメラマンがお二人の住む町にいらっしゃればと思います。
そのあたりも含めて、一度ご検討くださいな。」

今まで三人の方にお返事をして、みごと三人とも地元で捜してみたいということになりました。
仕事にはならなかったけど、自分の首を絞めて何が変わるかわからないけど、
まず自分の中の矛盾をひとつ追い出してみようと思いました。
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by misawa-world | 2010-11-05 00:57